2020年 7月 30日

なぜ「方丈板倉 斎」をつくるのか


梅雨明けしそうな本日より、斎の基礎部、木の舞台が着工しました。
以下は、この度なぜ私が「方丈板倉 斎(さい)」をつくるのか、その趣意書です。

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「方丈板倉 斎をつくる」
 杉岡 世邦

 2016年3月に、3年半続けた西日本新聞朝刊「住まいのモノサシ」(42回)を脱稿して以来、4年以上が過ぎた現在まで、身の回りにいろんなことが起こりました。
 同年4月に熊本地震が発生。その後は西原村で復興支援に取り組み、8畳大の庭先避難用の木造小屋をワークショップで建てました。翌2017年7月には九州北部豪雨により自らが被災。大量の流木に森林への信頼感が揺らぎ、山々を歩いたり高樹齢の流木を集めたりしながら、持ち山の将来像を再考しました。その翌年、2018年7月西日本豪雨の後は、東日本大震災で役目を終えた板倉構法の応急仮設住宅を福島県いわき市から岡山県総社市へ移築する取り組みに参画しました。翌2019年7月には母が他界しました。喪失感に慣れてきた今年(2020年)に入ると新型コロナウィルス災禍です。自粛生活も辛いものでしたが、急激な景気減退による先行きの見えない閉塞感に襲われています。

 こうしたなか今年の5月29日、ふつふつと湧いてきた思いがあります。それは、「方丈板倉 斎」を自社敷地内に建てよう、というものです。これまで木の色つや、香りを損なわない、天然乾燥と低温(40度以下)人工乾燥に取り組みながら、杉・桧の大径材を活かす手刻み主体の建物に携わってきました。しかし近年は経営環境の変化に応じられずに苦戦しており、祖父の育てた山々を積極的に継続する林業への転向を検討していました。でもこのときこう思ったのです。「何の為にこれまで勉強してきたのか。杉の良さ、日本建築の良さ、それをこの世の中に生かす為ではないのか。製材業から撤退するなら、一度勝負して、世に問うてからにしよう」
                         (「斎」完成予想図 杉岡和 作成)
 「斎」は1丈(3メートル)四方の小さな空間です。そのため基本寸法を3寸5分(105㎜)にしました。ただし細い丸太から採るのではありません。細いからこそ、杉の大径材を割って木取りした素性の良いものを用います。割り木であれば低温の乾燥でも割れや変形の少ない、香りのよい美しい材がとれます。その美しさ、力強さを大工の手刻みの技がさらに引き立てます。今の日本の山には、今回用いるような木々がふんだんにあることを広くお伝えしたいのです。
 「斎」は後人へのメッセージでもあります。割り木の適材適所が一目で分かるようにしています。外壁を300㎜ピッチ10枚で割り付けたのは、将来的に山の木々がより大径化したときを考慮してのデザインです。また、「斎」そのものは柱間に厚さ30㎜の板を落とし込む板倉構法の建物ですが、それを高さ1500㎜までかさ上げした木の舞台(伝統的な石場立て貫構造の構築物)にのせます。建設地がハザードマップで3~5m浸水と色分けされた地でもあるからです。そしてもう一つ挑戦的な取り組み、それが屋根を杉皮で葺くことです。地元の茅葺き職人と協働し、杉皮の可能性を再考したいと考えています。
 このように「斎」は、「生長した杉を丸ごと使う」を主題のひとつに据えて、それを形にすべく取り組んできました。

 「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。 淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。 世の中にある人とすみかと、またかくのごとし」
今回、「斎」を建てるにあたり、鴨長明『方丈記』を読み返しました。そして気づかされたことがあります。ここ数年、私を苦しめてきた自然災害、家族の介護・死別、新型コロナウィルスなどといったこれら一切の出来事は、詰まるところは人とすみかの問題であり、また物語であると。
 私たちは「すみか」を考えるとき、まずは外部環境である自然を考慮します。猛暑や極寒などを含め四季の変化にどう折り合いをつけるか。そして、地震や台風、大雨などの猛威から身をどのように守るか知恵を絞ります。では、内部環境はどうでしょうか。このとき留意しておかねばならないのは、内部環境に暮らす私たち「人」という生命体もまた自然そのものであるということです。人体の細胞数は数十兆個あり、毎日1兆個の細胞が入れ替わるといわれています。その細胞でつくられる筋肉や神経の多くは不随意なものです。しかも身体には、細胞数の数倍もの常在微生物がいるといわれます。私たちは生きているのでなく、生かされているのです。様々な災害が頻発する今、「すみか」のあり方を再考すべき時ではないでしょうか。
 「斎」は、住宅の現代化にともない失われたものを掘り起こし、新たに構築した木の住まいです。斎という文字には「身をととのえるところ」という意味もあります。この小建築が人々を癒し、自発的治癒力を高めるような住まいの提案となることを祈っています。
 最後に。この建物を昨年7月に他界した母に捧げます。
2020-07-26

コメント(3)

コメント(3) “なぜ「方丈板倉 斎」をつくるのか”

  1. 丸谷博男on 2020年7月31日 at 0:43:39

    また災害が日本の町や村や島を襲った
    身近だった山が崩れ 
    子供時代に山で遊んでいた人々を 突然 襲ってしまった
    山崩れ 山津波 流れてきたものは 土砂と流木
    痛ましい! 土砂に削られた裸の流木
    きっと山々の斜面に 生えていた時には雄々しかったに違いない
    土砂に流された人間も 土砂に流された樹木も
    その果ては 真っ裸の痛ましい姿

    日本の山は裸の歴史だった
    時の政府は いつも乱伐に警告を発していた
    土砂崩れを起こすからと 
    奈良時代から時の政府は叫び続けてきた
    日本の山は 裸の歴史だった
    なのに 今の日本の山は緑の山々
    こんな景色は 今まで歴史上になかった
    それは 木を使わないから
    自然のままだったら 山崩は起きなかった!
    皆伐し丸裸にして 植林したからこんなことになってしまった
    自然の法則を無視して自分勝手に植林した結果が
    今の日本の脆弱な山々を作ってしまった
    あまりにも 無知と浅薄な知恵の積み重ねだった
    それも目的は 儲けのためだった
    救いようのない 山いじり
    無責任極まりない行為の積み重ね

    これからどうしよう
    このままではいけないが
    難しいなあ〜
    資本主義は自分勝手 
    社会主義は理想的すぎて 人間の修正に合わない定義だった
    地球主義 自然主義 人間主義(人間は地球原理に従うという畏敬の理念)
    に基づくものでなければいけない

  2. 森田康司on 2020年7月31日 at 11:01:57

    アレルギーと住宅を考える会のfacebookで拝見してこちらのサイトを訪れました。
    ここ10年程前から住宅業界の「今だけ金だけ自分だけ」という資本主義の裏を知り、いろいろと勉強してきました。木材と言えば合板。人工乾燥による生命力のない構造材等。本来、自然そのものの木材を曲折した形での使用。
    木質材料ではなく、木材です。
    我々の先祖がエジプトから大陸を経て、この日本へ持ってきた伝統の建築がなくされてしまう。大和民族には本来の建築を伝承していく義務があるのではないでしょうか。
    そういった意味でも、この完成図を見た時、何か惹かれるものを感じました。
    更にブログを読み進めると、板倉工法による施工とのこと。興味津々です。
    また、これなら健康にも悪いはずがないなと想像している自分がいます。
    出来れば施工状況を動画で拝見したいと思いました。動画が無理でもその工程工程ごとに写真でも拝見できれば幸いです。
    最後に、杉岡さんの行動力うらやましいです。

  3. 杉岡世邦on 2020年8月07日 at 19:30:22

    丸谷様
    コメントありがとうございます。
    朝倉豪雨の直後は、杉を主とする人工林に疑問を抱き、同じような感情に襲われました。
    それでこの3年間は、なるべくアウトプットせずに、山々を歩いたり、いろんな方の意見を聞いたりしながら考えてきました。それを経て、いま私の考えていることを素のままお伝えしたいと思います。ただし、これもひとつの見方であり、正しいものだと声高に主張するものではありません。悪しからずご了承ください。

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    ◆日本の山は 裸の歴史だった
    なのに 今の日本の山は緑の山々
    こんな景色は 今まで歴史上になかった
    それは 木を使わないから

    =>適切に間伐さえされていれば、高樹齢の樹が増えている現状は悪くないと思います。針葉樹であれ広葉樹であれ、高齢の樹は根を張りますし、自重で地を固めるため治山治水に効力を発揮します。

    ◆自然のままだったら 山崩は起きなかった!

    =>それは言えないと思います。山々の表層崩壊は、表層といっても根が生息する腐植層(A,B層)ではなく、その下のC層で起こります。樹種において大差はありません。樹種よりも、どのような土壌かという要因が大きいようです。

    ◆皆伐し丸裸にして 植林したからこんなことになってしまった

    =>「皆伐」というのは、たとえば里山の雑木林を皆伐して…というようなことを指しておられるのでしょうか。例えばですが、日田杉で有名な日田地方において、植林された山々は原野や竹林がかなり多かったと認識しています。
    拡大造林という場合は、尾根筋などの雑木林を伐って杉桧に植え替えた事実がたしかに多くあります。しかし、2017年の九州北部豪雨において、尾根筋での崩壊は少ないのです。

    ◆自然の法則を無視して自分勝手に植林した結果が
    今の日本の脆弱な山々を作ってしまった
    あまりにも 無知と浅薄な知恵の積み重ねだった
    それも目的は 儲けのためだった
    救いようのない 山いじり
    無責任極まりない行為の積み重ね

    =>「無知と浅薄な知恵の積み重ねだった」ことは謙虚に受け取める必要があります。ただ、お金儲けのため、とよく言われますが、植えた方々の収入はたいしたものではなかったと思います。
    私の祖父も、戦後以降死ぬまでに百町歩単位の広さの植林をしています。しかし間伐こそすれ、どこも伐採していません。収穫していないので、少なくともおカネの為だけだとは思えません。戦後の拡大造林は、ここ数年のように度重なる全国の河川における氾濫などの水害が頻発し、人々が荒廃した現状の山々ではいけないという意識を共有した。そこから起こったものだと私は解釈しています。昭和28年の全国での水害は大変なものでした。祖父の製材所も、すべてが流されました。それで、水害のなかった現在地を買い移転したのです。そのような背景もあって、山に木を植えることに精を出したのだと思います。
    木を植え育てるまで数十年の間、林家は収入がほとんどありません。内山節著『森にかよう道』には、群馬県上野村の人々の「仕事」と「稼ぎ」の言葉の使い分けが出てきます。森の木を自分の子どものように育てる事、それとともにある村の暮らしが「仕事」、文字通りお金を稼ぐことが「稼ぎ」。現在の林業における問題は、育った木々を伐採すること「稼ぎ」から入ってくる専門業者が急増したこと、一方で、「仕事」がおろそかにされていることだと思っています。

    最後に、日本の山々は脆弱なのでしょうか。
    金原明善の治山治水事業をご存知でしょうか?杉桧を植えることで、天竜川の水害がどれだけ抑えられたのか。近年の水害の原因は、森林の機能をはるかに超える豪雨が集中して降っているからだと思います。

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