2020年 3月 13日

黒川「復興ガーデン」をなぜつくることになったか

「泰庵」写真①

「泰庵」は、朝倉市の共星の里 黒川INN 美術館、旧黒川小学校のグランドにあります。
共星の里と九州大学ソーシャルアートラボによる「復興ガーデン」の一部です。
2017年九州北部豪雨が起こった3週間後の7月26日、九州大学の知足先生とこの地を訪ねました。
グランドには大量の土砂、巨大な岩々、流木などが流れ込み、地形が変化していました。
そんな状況下で、共星の里の柳さんは「押し寄せた流木や岩をアートに変えたい」と熱く語っていました。
このとき、「復興の庭」をつくるというイメージが共有された、それが始まりであったと思います。
以下(「」内)、当時の思い、この庭のコンセプトについて知足先生のブログより抜粋します。

写真②
 
「豪雨被災地の土砂の前で茫然としたあの日から、
 「いつかここが命を思う美しい場として再生する」と、心に描いてきました。
 アートは、自然からの呼びかけから生まれることが多く、
 その究極の形は「ガーデン」ではないかと思います。
 日々変化する自然界と人間の心が調和する場を共創し、
 自然と人間、人間同士のつながりを紡ぎ続けるからです」(福岡エルフの木より

 (泰庵が建つ前)写真③

2018年は、枡野俊明先生による「禅の庭の根本概念」の講義の後に、皆でコンセプト・ワークを行いました。
そして翌2019年9月から、「復興ガーデン」の現実化に向けてのワークが重ねられてきました。
 
「朝倉市黒川地区住民は、災害後、100世帯から20世帯に激減しています。
 私は、離村者の一時的な帰村経験を担保し、
 また地域外からの「関係人口」を増やす場づくりの必要性を感じていました。
 強制的ではなく、そこにある美しさ、喜ばしさに浸るために立ち寄りたくなる場。
 地域外からの意識継続のために、関心をつなぎとめる何らかの仕組み。
 それらを実現するあの日のビジョンが、「アートとしての庭の共創」だったのです」(福岡エルフの木より

 写真④

「泰庵」建築の作業の後には、筑後川の河口から汲んできた海水でお祓いをしました。
多くの土砂や流木とともに、様々なものが流れた筑後川、流れ込んだ有明海。その河口を今回初めて見ました。
最後に、この地にかかわる方々の安寧、弥栄を皆でお祈りしました。

 筑後川河口

写真①③④長野聡史 ②知足美加子

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