アーカイブ 2008年11月

2008年 11月 22日

講演会「伝統構法って何?」のご案内

カテゴリー イベントのご案内

テーマ: 「木造の伝統工法と在来工法の違いについて」

講師: 北原 昭男 先生
(熊本県立大学 環境共生学部 居住環境学科教授)

【日時】
平成20年12月 6日 ( 土 )
(受付16:30~) 17:00~18:30

【場所】
浮羽木材協同組合 2F会議室
うきは市吉井町若宮2-1
TEL: 0943-75-2949

入場料無料(座席準備のため、事前にお申し込み下さい。)

【講師プロフィール】
―経 歴―
鹿島建設株式会社技術研究所 研究員(1984年4月~1987年3月)
京都大学防災研究所 助手(1987年4月~2001年3月)
成安造形大学造形学部 非常勤講師(兼任)(1997年4月~2001年3月)
鳥取環境大学環境情報学部環境デザイン学科 助教授(2001年4月~2005年3月)
秋田県立大学木材高度加工研究所 客員助教授(兼任)(2003年4月~2005年3月)
鳥取環境大学環境情報学部環境デザイン学科 教授(2005年4月~2006年3月)
熊本県立大学教授(2006年4月~)
鳥取環境大学大学院環境情報学研究科 客員教授(兼任)(2006年4月~)

―専門分野―
木質構造学、建築耐震構造、都市地震防災

【主催】
福岡県木材青壮年連合会
九州木材青壮年連絡協議会
筑後川地区木材協同組合連絡会

【申込・お問い合わせ先】
福岡県木材青壮年連合会 
杉岡まで
TEL: 090-1081-4912
Email: marusugi@s9.dion.ne.jp
FAX: 0946-62-3381

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2008年 11月 22日

「第2回 九州町並ゼミ 福岡大会」のご案内

カテゴリー イベントのご案内

第5分科会:見学コース姪浜宿
テーマ「木の家で子どもを育てる」 

【会場】姪浜公民館

【日時】11月29日(土)15:00~17:30

【コーディネーター】吉田順子(環境みらい塾理事長)

【助言者】齋藤行雄(臼杵の歴史景観を守る会)

【パネラー】
杉岡世邦(杉岡製材所)
森千鶴子(森の新聞社)
駄原明子(子供エコクラブ)
角銅久美子(福岡県建築士会)

※会場参加(柏陵高校環境科学コース生徒)

【参加費】 1,000円

【要旨】

人々が木の家をつくり、土器で煮炊きした食物を食べるようになってから約1万年の歴史を持つ。

日本の一万年の歴史は、自然と共にあった。自然の恵みに感謝し、命を尊ぶことを学んできた。

一般的にヨーロッパは“石の文化”、日本は“木の文化”といわれる。

しかし、日本に石の文化が無かったのではなく、高温多湿で、四季のある環境や風土に「石の家」は馴染まなかったのである。木の家こそ日本の風土や人間の生活環境に適し、その後の都市計画や防災、住まいとしての機能を高めたのが、歴史的建造物群であり、且つ伝統的建築物:木の家である。
日本人の暮らしぶりを支えてきた木と土の文化は、循環性の視点から環境に優しいだけではなく、 日本人の肉体と精神を育んできた。温湿度を一定に保ち、通風がいい、怪我をしない、  寒暖に対応した精神力の形成など多くの利点がある。

今まさに環境問題が叫ばれる中、森と都市の関係は、これまで日本人が持続してきた循環型社会を形成するもので、都市における町並み・住まい・食育・子育て・コミュニィと一体的なつながりを持っている。

【キーワード】
● 木の家
● 環境問題:森と都市
● 木の家で子供を育てること
● 食育
● 福祉・コミュニティ

第2回九州町並みゼミ福岡大会実行委員会事務局
福岡市教育委員会文化財管理課

〒810-8620
福岡市中央区天神1-8-1
TEL: 092-811-4784
FAX: 092-733-5537
Email: izawa.y01@city.fukuoka.lg.jp もしくは hakatatsu@yahoo.co.jp

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2008年 11月 19日

職人がつくる木の家ネット 総会

カテゴリー 木造建築の味覚

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先週末は、職人がつくる木の家ネットの総会で埼玉県川越市に行っていました。

新入会員の私は初の総会への参加でした。(^^;

以前から、このネットワークのHPはずっと読んできました。

入会審査が厳しく、熱い方ばかり。

大工さんの比率が高いという特色もあります。

森林のレポート、伝統構法の記事など、充実したコンテンツが魅力です。

秋田のモクネット事業協同組合の加藤長光さん、

徳島のTSウッド和田善行さんといったお名前は知っていても、

これまでなかなかお会いできなかった方とようやくお話しすることができました。

(業界ではとても有名な方々なのですよ。^^)

それから、大工さんであるにもかかわらず水中貯木乾燥という大技

(私の中では、木材乾燥で最も惹かれている技術)

に取り組んでおられる滋賀県大津市の宮内寿和さんにお話を

お伺いしたいな・・・と思っていたのですけれど、、、

ちょうど前の週の情熱大陸(11月9日放送)で特集されたばかりのタイミング。

今回はゆっくりお話を聞かせていただくことができませんでした。(残念!)

とはいえ、2週間後神戸で再会できるようです。

伝統系木造住宅の実大振動実験があり、

その建物をつくるのにかかわっていらっしゃるとのことでした。

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川越の町並みはすばらしく、スケールも大きくて、

とても賑わっていていましたけれど、

点在する古い洋館に心魅かれました。

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電飾で埋められたこの建物も、古い木造の洋館でした。

川越ならでは・・・ですね~

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2008年 11月 13日

東大寺で木材のことを想う

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この大きな木はなんでしょう?

 

これは、元禄年間に再々建された東大寺大仏殿(金堂)に使用されていた柱です。

周囲が3.65mとありますから計算上は直径約1.2mあるのでしょうか。

樹種は杉です。

杉を見ると、なぜだか血が騒ぎます。ザワワ・・・^^

 


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東大寺金堂は創建時(753年)、横幅86.1m(現在は57m)もあったと言われています。

でも、竣工後まもなく軒は下がり、乱れ、建物は歪み、支柱が必要な始末となったようです。

1180年、平重衡の南部焼き討ちにより、奈良時代創建時の東大寺は伽藍の大半を失いました。

鎌倉時代、復興の責任者に任ぜられたのが重源上人でした。

復興するには、膨大な経費と共に巨大建築の構造をどうするかという問題がありました。

再建にあたり従来の構造は採用できず、柱や梁などの長特大材の調達は困難だったのです。

金堂は、直径1.5mもの柱が数十本も必要です。


 


重源が復興させた鎌倉時代は日本の歴史の中でも屈指の建築ラッシュの時代です。

奈良時代に建てられた建物が築後約400年を過ぎ、老朽化が進んでいて、

根本的な大修理、または建て替えの時期を迎えていました。

このころ、近畿一円の山から直径1.5mの柱がとれる檜の大材はなくなっていました。

重源は周防国(すおうのくに・現山口県)で巨大な檜を調達します。

構造では、中国の建築技術を取り入れました。

この様式は、金堂(大仏殿)に使われたことから大仏様といわれます。

金堂以外にも南大門や法華堂礼堂などにも採用されています。

しかし、大仏様は豪壮すぎたのか日本には馴染まず、重源が亡くなると急速に衰退します。


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(東大寺南大門の柱と貫↑)

 
ところが、その技術の中で、今日まで使われている技法があります。

それが貫(ぬき)の使用です。

貫とは、柱に穴をあけ、貫き通している部材です。

貫工法の出現により、太い柱や長押(なげし)などは必須の構造材ではなくなりました。

「日本の気候風土に合っている」と表現される、古い木造の建物の多くは貫構造が応用されたいます。

たとえば西日本で見られる古民家の土壁の中には貫があるのです。

ちなみにこの工法は、

同じ木を使った構法でも、現代の在来工法とはまったく異なった力学だそうです。

それを私は、便宜上、「伝統構法」と呼ぶことにしています。


 

建築ラッシュの奈良時代。その400年後に修復された鎌倉時代。

さらに400年後が西暦1600年前後、桃山から江戸時代初期です。

この時期に、現大仏殿(金堂)が再々建されています。

 

それから400年後が2000年ですから、現代となります。

昭和にされた東大寺の大修復は、そんな歴史的なサイクルの中にあるようです。

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2008年 11月 06日

正倉院を見て笑う

カテゴリー 木造建築の味覚

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先週末、奈良に行ってきました。

日本民家再生リサイクル協会の「民家フォーラム」が、

奈良県宇陀市松山地区で開催されたからです。

朝8時30分に名門大洋フェリー大阪南港に着き、

時間があったため正倉院に行くことにしました。

ちなみに正倉院は、年に一度「正倉院展」をやっているこの時期以外は

平日しか見られないそうです。

 

ともかく、視界に入ってきた瞬間、笑い声が出てしまいました。

「デ・ヘ・ヘ・ヘ・・・」

スケール感が創造とは全く違います。

地面から床まで2.7mもあるそうです。

それに、国宝建築特有の雰囲気。

穢れのない、辺りは澄み切ったような清々しさ。

たまらんです。凛としてます。

 

なぜか私は美しい倉が大好きです。

思わず見とれてしまいます。

 

倉は、今日の日本における木造建築の原型とも言えます。

伊勢神宮をはじめ、神社にはその形態を色濃く残しています。

正倉院は、三角形(正確には六角形)をログハウスのように積み上げた校倉(あぜくら)です。

神明造(しんめいづくり)の伊勢神宮も、以前は校倉ではなかったか、という説があります。

 

正倉院をよく観察しますと、向って右の北倉(ほくそう)と左の南倉(なんそう)、

そして真ん中の中倉(ちゅうそう)の三つの箱が連なっていることがわかります。

北倉と南倉は、校倉(ログハウスのような組み方)。中倉だけが板倉(いたくら)になっています。

板倉とは、柱があって、柱に溝を彫り、そこに板を落とし込んだ構造です。

それを発見し、思わず嬉しくなりました。

私の師である安藤邦廣先生が提案する板倉構法ですからね(^^

 

結界があって、近くに寄れませんでしたが、それでも嬉しいひとときでした。

 
 

関連記事・・・ちょうど2年前に訪ねた法隆寺の土蔵の記事

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