2020年 3月 17日

泰庵の屋根


泰庵は、屋根に特徴があります。
垂木(たるき)を用いていないこと、木がむき出しの板葺き屋根であることです。
この建物は、鎮魂と人の集まる場の創造を目的としています。
復興支援の一環であり、2日間のワークショップのみで完工せねばなりません。予算も限られます。
そこで、これ以上引き算できない最小限の部材で美しい木造をつくる、ことを目指しました。
 

垂木を用いない代わりに、杉の厚板を3層重ねることで屋根を構成しました。
30㎜厚の杉板を2層重ね、3層目の板の継ぎ目に20㎜厚の目板を打って押さえています。
1層目と2層目の間にはルーフィングを入れ、雨漏りを防ぐとともに、1層目の板が傷まないようにしました。
パッと見は、四角い板を横に並べただけのように見えます。
しかし実際は、横に溝を彫って、雇実(やといざね)という細い木を溝に入れて、板をつないでいます。
正面から見たとき、単に板を横に並べたように見せるため、溝は軒先から40㎜手前で止めました。

板の木取りは、柱と同じように、丸太のどこから取ったかが分かるようにしています。
木には、幹の外周に白太(しらた)と呼ばれるところと、内側に赤身(あかみ)と呼ばれるところがあります。
樹木は、若木の時はほとんどが白太です。白太は水分(養分)移動が容易な細胞構造になっています。
それが生長し徐々に太くなると、芯のほうから赤身へと変身していきます。
赤身は、水の通路を塞ぐ細胞構造となり、微生物や生き物が嫌いな成分を貯蔵します。
それは生命を維持するためで、樹皮が剥げたときに腐朽菌や昆虫などの侵入を白太で食い止めるのです。

 

1層目の板は、丸太の一番外側からとれる側取りの板を用いました。
側取りの板は、節が少なく白太の多い比較的きれいな板目が表面になります。裏面は腐れにくい赤身です。
屋根の2層目と3層目の板は、側取り板より芯に近い部分でとります。総赤身材です。
赤身材はきれいで耐久性も高いですが、節が多いという欠点があります。
なぜ節が欠点かというと、穴の抜けた死節(しにぶし)が多くあるからです。
そこで今回は、節はあっても穴の抜けないものを選別して用いました。


 
板は「木」偏に「反」ると書くように、みな自然な反りがあります。
その反りを活かすため、板を張る際には「向き」を工夫します。表と裏、元と末です。
外周に近い面を「木表」(きおもて)、芯に近い面を「木裏」(きうら)と呼びます。
板は、木表面が、幅方向も長さ方向もともに凹に反ります。
この屋根は、3層とも木表面を下に向けて張りました。

向きに関しては、元と末の工夫も必要です。
樹木の根元に近いほうを元口(もとくち)、梢に近いほうを末口(すえくち)と呼びます。
1層目は、元口を下、末口を上へ向けて、樹木同様の向きで張っています。
しかし、2層目の板と3層目の目板については、元口が上、末口が下の逆向きに張りました。
木がむき出しの板葺き屋根だからです。
杉板の木裏面は、陽に当たり続けると、木目が剥がれたようになることがあります。
元口を下向き張ると、剥がれ目に水が溜まって、傷みやすくなるのです。
木は、濡れると腐れると言われますが、正確には、乾かないと腐れるが正解です。
なるべく速やかに乾くように工夫することが、長持ちさせるうえで重要なのです。
 

 
このような法則で板を張っていったとき、面白いことが起こりました。
屋根全体がきれいなムクリ屋根になったのです。
板の反り具合は一枚毎に違いますが、片屋根30枚の板を3層とも
同じ向きに張り合わることによって、優しい落着いた曲線が生まれました。
棟木と桁の2点しか釘止めできないことも、その曲線に寄与していると思います。


 
こうして、軽くて伸びやかな美しい屋根ができました。
ただ、喜んでいられるのは今のうち、かもしれません。
木がむき出しの板葺き屋根は、木材にとって最も過酷な環境に置かれるからです。
木材は濡れると膨張、乾くと収縮、をくり返します。紫外線も浴び続けます。
真夏の日照りが続いたとき表面温度は70℃くらいになります。
一方、冬には霜がおりたり凍ったりします。-40℃程の冷放射にもさらされます。
その変化の中で、割れたり、腐れたり、苔が生えたり、と劣化していくのです。
つまり、強くはない。
でも私は、その弱さもまた、この建物の強みだと思っています。
木の力だけで自然の劣化にどこまで耐え得るか、実験という役割を担っているのです。
あの建物、今は大丈夫かな? といろんな人に気にかけてもらえる建物になるかもしれません。
弱きがゆえに愛される、そんな存在もあってよいのではないでしょうか。
私自身、離れて暮らしていますが、いつも泰庵はどうなっているか気になっています。 
釘の錆垂れができるころがたのしみです。

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