アーカイブ 2009年6月

2009年 6月 30日

山に手を入れる。(高千穂編)

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先週末、高千穂へ行ってきました。
目的は、山の間伐が終了したということで、その確認だったのですが、
まず森林組合にお邪魔し、その後せっかくなので天岩戸神社を参拝してきました。
ここは来る度に、実に清々しい気持ちになります。
 
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ここ高千穂は、天岩戸伝承の残る神話の舞台です。
松岡正剛著「神仏たちの秘密」より、おさらいしてみたいと思います。^^
 
(抜粋はじめ)
 
 日本の神はイザナギ・イザナミがアダムとイブだとすると、
その次はアマテラスとスサノオの姉弟神が中心となっていきます。
 二人の神は、最初は高天原パンテオンにいましたが、
和魂を象徴するアマテラスと荒魂を象徴するスサノオはしょっちゅう激突します。
一度はスサノオは「乱暴はしません」というウケヒ(誓い)をするんですが、
その後も乱暴をくりかえし、とうとうアマテラスが岩戸に籠ってしまうという大事件がおこる。
日本最初の「引きこもり」です(笑)。太陽を司るアマテラスが天岩戸に籠ってしまったので、
世界が暗闇になってしまった。日蝕神話だともいわれています。
 そこでアマテラスを岩戸から引き出すために、神々が天安河でミーティングを開き、
アメノウズメがストリップをした。それをアマテラスが覗き見ようとした隙にタヂカラオ
(手力男)によって岩戸がついに開かれる。
この、天岩戸開きの物語を暗示する神楽や祭りも、日本にはたくさん残されています。
 
(抜粋終わり)
 
↓神々がミーティングを開いたという天野安河原
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すごいところですね。掌がジンジンします。^^
日頃の感謝をお伝えし、身近な方々のことなどをお願い致しました。
 
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そしてようやく、本題である山へと向かいました(笑)
今回は写真をたくさん撮ってきましたけれど、いかがでしょうか?
間伐によって山に光が入っているのがおわかりいただけるのではないでしょうか。
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この山の木は45年生です。広さが25haあるので、全体を五分割し手入れをしています。
そうすると五年に一回間伐をすることになるので、毎年この山に手を入れることができるのです。
下の写真を見てください。中央の光があたった木を境に、左の暗い所がこれから間伐するところ。
右が今回、間伐を終えたところです。全く異なる山に見えるでしょう?(笑)
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この日は天岩戸神社に参拝し、すくすくと成長している木々に囲まれ、なんだか勇気が湧いてきました。
二週間ほどあることで悩んでいたのですが、乗り越えられそうな気持にもなりました。
有り難いことです。今の心境をたとえるならばこんな↓感じかな・・(笑)
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2009年 6月 22日

林業の処方箋?

カテゴリー 杉の文化研究所

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(月下美人)
 
昨日は、福岡県黒木町で開催された九州民家塾に行ってきました。
散策中、たまたま咲いていた月下美人にめぐり合いました。
月下美人は、夜に咲き始め翌朝までの一晩でしぼみ、
めしべに他家受粉が起きなければ散ってしまう花とのことで、
こうして見られたのは幸運なことのようです。^^
民家塾の詳細は改めてアップしたいと思います。
 
さて本日は、先日の記事「真竹の筍を食しながら森の未来を考える。」
にいただいたコメントをそのままアップしたいと思います。
ボリュームといい、内容といい、コメント欄に埋もれさせるのは
もったいないと思ったからです。
この中には、林業や木材に携わる私たちのヒントとなることが詰まっていると感じます。^^
 
(以下 Dream Writer さんからのコメント)
******************************************** 
 
筍の炭焼き、おいしそうですね!
混ぜご飯や煮物の筍が大好きですが、筍の天ぷらも好きです。
ほくほくしてて、お菓子みたいだと思います。
 
 
林業の状況、初めて知りました。
>つくり出すことのできる唯一の資源である「木材」を活かした方が良いのは明らかだと思います。
確かにそうですね。
木材が活かされる環境になってほしいです。
 
 
社会がどんどん高速化しているので、
人々の生活のスピードもどんどん加速していますよね。
「今すぐ!」というのが本当に多い。
どんなことでもすぐに結果を求める傾向が強いと思います。
私にもそういう部分がありますので、神様が息子を派遣して
下さったんだと思っています。(笑)
 
 
 
1本の木を育てるのに、長い時間を要するというのが
頭ではわかっていても、「長い時間」という感覚が実感できない人が
多いような気がします。
 
 
鍾乳洞の探検家が、ある鍾乳洞で石筍が何本も切断されているのを見て
号泣したそうですが、どれだけの時間をかけて作られたものなのか
理解できない人、そういう感覚を持ち合わせていない人が
何も考えずに切ったんじゃないかなぁと思っています。
 
 
すぐすぐ何か具体的な結果に結びつくわけではないですが、
長い時間を経て作られる・成長するものの価値、
人間の手で短期間でどうこうできないものの価値が
もっと知られるようになればと思いました。
 
 
自然の営みというか、木の生育というのは、
生産工程通りに進むわけじゃないし、
工業製品のように原料の配合をこうすれば、こうなる
と、単純な予測ができるものでもない。
そういうものへの畏敬の念や愛着みたいなものを
子どものころから持てるといいなぁと感じています。
 
 
私が木が好きなのは、やはり小さい頃の環境だと思っています。
庭に木がたくさんありましたし、なぜかお風呂はヒノキでした。
生活は豊かじゃなかったと思うのですが、両親はこういうところに
お金をかけたかったのかな。
 
 
まとまらない長文になってきました(汗)
 
 
単純に「木っていいなぁ」「木ってスゴイなぁ」というのを
大勢の人が感じるようになればが、何か変わっていくんじゃないかなと思います。
 
 
息子が生まれたときに市から枳殻をプレゼントされました。
実家の庭の隅っこに植えてもらいました。
息子は「こーちゃんの木」と言って、実家に行くと挨拶(?)しています。
自然に恵まれた環境ではないので、日常の小さな機会を利用して、
木や植物に触れさせたいと思っています。
 
********************************************
(抜粋ここまで)
  
林業の記事を書く度、重たくなったなぁ、といつも反省してしまいます(笑)
それはもちろん林業が苦境に立たされているからですが、でもそれだけでなく、
時間的にも空間的にもスケールが大きく、処方箋が難しいからだとも思います。
  
「大変なのはわかった。では具体的に、誰に、どんな協力をして欲しいのか。
それを言わずに苦しい現状を理解してほしい、だけでは何も解決しないではないか。」
 
最近では、そんな声にならない声が聞こえるようにもなってきました(笑)
環境問題の関心が高まる中、こんな協力をしていください、と声高に
具体的なお願いをすれば、それは叶えられるのかもしれない、
とこの頃は思うようになりました。
 
そのためにも、今回のDream Writerさんのコメントは示唆に溢れていると思います。

「長い時間を経て作られる・成長するものの価値、
人間の手で短期間でどうこうできないものの価値が
もっと知られるようになればと思いました。」
 
「そういうものへの畏敬の念や愛着みたいなものを
子どものころから持てるといいなぁと感じています。」
 
「私が木が好きなのは、やはり小さい頃の環境だと思っています。」
 
「(息子には)日常の小さな機会を利用して、木や植物に触れさせたいと思っています。」
 
そして極め付けが、
 
「単純に「木っていいなぁ」「木ってスゴイなぁ」というのを
大勢の人が感じるようになればが、何か変わっていくんじゃないかなと思います。」

 
やっぱそうですよねっ!!^^
木を欲しがってもらう、木の良さを活かしたモノを使っていただく、
根本的な解決方法はそれしかない、と改めて感じました。
なんとなくアイディアが降ってきそうな予感がします。
 
Dream Writerさん、温かいコメントに心より感謝申し上げます。
ありがとうございました!

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2009年 6月 19日

真竹の筍を食しながら森の未来を考える。

カテゴリー 杉の文化研究所

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数日前、真竹(マタケ)のタケノコを炭焼きして食べました。
山に近い私たちの地域は、様々な種類のタケノコを食します。
時期的に一番早いのはタケノコの王様、孟宗竹。
次に「ハチク」、「ゴサンチク」と時節が移り、
最後が「マタケ」で今頃となります。
好みは様々だと思いますが、「マタケが一番美味い」という方も多いようです。
 
ちなみにタケノコは、林業生産物の一つですが、
孟宗竹以外のタケノコはあまり売り物になっていないと思います。
話は飛躍しますが、みなさん日本の林業生産高をご存知でしょうか?
 
答えは年間約5000億円です。
日本のGDPが560兆円なので0.1%もありません。
数字だけを見ると、中堅上場企業の年間売上程度であり、
産業といえるだけのダイナミックさは見られません。
主産業の代表格、トヨタ自動車の売上高は、
昨年度大幅な減収とはいえ売上20兆円(連結決算)。
産業政策などを考えた場合、重視されるのは数字を見るとよくわかります。
  
つづいて、林業就業者を見てみたいと思います。
全就業者人口比率で言うと、農業5.3%、漁業1.1%です。
それでは・・・
林業は何%だと思いますか?
 
答えは、0.1%以下です。
林業就業者数は平成16年のデータで6万人。
この年は、全就業者人口が6730万人なので計算すると0.09%。
しかも6万人の中には近年、統計の就業者人口に加えられた65歳以上が35%も含まれます。
現在はそれから5年が経っていますのでさらに減少していることでしょう。
  
よく農林漁業とひとくくりにされていますが、このように見てみると、
林業だけが桁違いに弱っていることがお分かりいただけると思います。
経済的にも、また政治的(票田的?)にも、「林」関係は影響力に乏しい業界だと感じるのです。
  
GDPでも就業者人口比率でも0.1%に満たない、
そんな林業の現状ですが、大きな数字を抱えています・・・
 
森林は日本の国土の66%を占めているのです。 
 
このうち、人工林は森林の約4割を占め、天然林は約5割、
その他(無立木地・竹林)が約1割となります。
人工林のほとんどはスギ、ヒノキ、カラマツなど建築資材等に利用できる針葉樹林です。
これら人工林は国土の26.4%(66%×40%)を占めています。
わが国の最近の木材需要量は、8千万~9千万m3 程度で推移しています。
外材の占有率が8割と高く、国産材の自給率は2割程度です。
ですが、木材は毎年成長するので、国産材も机上の計算では、
今とは逆の8割を供給するだけの蓄積量があるのです。
 
一方で、治山・治水的側面からも、人工林は間伐という手入れをする必要があります。
木材資源を得ながら同時に、地表に植物が繁茂する環境を保つためです。
昨年までの原油をはじめとする資源高の構図は、経済的に厳しくありつつも
木材という資源を見直すような勢いがありました。
さらには、二酸化炭素の問題、環境税などの政策により、
森林に手を入れるベクトルは徐々に強まってきているように感じました。
  
ところが、一昨年のサブプライムショックから続いてきた世界的な金融危機は、
それを大きく後退させるという、影響を及ぼしています。
対外通貨に対し一方的な円高傾向にあり、為替の要素だけでも
輸入品価格を押し下げる傾向にあります。
さらに、林業から産出される木材の生き場所は建築・建設業界です。
将来への不安、金融機関の貸し渋りなど住宅需要は急激に収縮し、
需給バランスが崩れています。
それにより、半年間で木材(丸太)の単価は3~4割も下落しました。
それでも買い手がつかず、たとえ国や県から補助金が支給されても
赤字となってしまうような、間伐できない状態となっているのです。
 
政府は、多くの失業者を林業へ、という政策を声高にリリースしましたが
現実は、木を伐り出しできる技量のある林業従事者は激減しています。
この構図は、漁業にも農業にも同様に表れていますが、
就業者人口比率が一桁低い林業が最も深刻だろうと思います。
 
目の前に木はあるのに、伐り出せる人がいない・・・
このままでは、そんなことが起こってしまうとも限らない。
限界集落ならぬ、「限界産業」化しているような気がします。
 
地下資源の中で豊富な鉄でさえ、可採年数はあと230年しかないというデータがあります。
限りある地下資源を次世代に継承するためにも、
つくり出すことのできる唯一の資源である「木材」を活かした方が良いのは明らかだと思います。
 
でも、残念ながら林業は、経済力も政治力も非力です。
木材に関わっていない方々の力なしには、どうにもならないところまで来ています。
そのためにも、生活者にとって「林」の問題が身近になる必要があると思います。
それには一体、どんな切り口があるのでしょうか・・・

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2009年 6月 08日

「きれい好き」=「日本人」=「稲」+「杉」の公式

カテゴリー 杉の文化研究所

前回記事、
『「水資源」により経済大国となりえた日本』へこのようなコメントをいただきました。
 
『知り合いの大学教授の方が、外国で講演するときに、
 
 「日本は何で、あんなにいろいろ精密機械をつくったりできると思いますか?

 答えはきれい好きだからです」
 
と話すと、すごく受けると聞きました。

なるほど、水がきれいで豊富ゆえにきれい好き。

環境により、人間の性質も影響されるのですね。。。深い。。。』

 
なるほど、たしかにそうだと思いました。
「きれい好き」という国民性があったからこそ、今日の日本の姿があると共感します。
そして、このコメントを読みながら、
どうして日本人が「きれい好き」でいられたのか、
その理由を書いてみたくなりました。
本日は、「杉のきた道」(遠山富太郎・著)を参考にしながら、
きれい好きに繋がる水と木の関わり合いを少し掘り下げてみたいと思います。
 
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(これが日本橋。魚河岸側から銀座方面に向かって撮影されたもの)
 
1.「きれい好き」でいられるのは○○のおかげ?
 
日本人はきれい好き。これを否定する方は少ないと思います。^^
むしろ、それが過ぎる、と言われているくらいですよね。(除菌・抗菌など)
それでも今回は、「きれい好き」を肯定的に捉えるという前提で話を進めたいと思います。
今から400年前の日本人は、どれくらいきれい好きだったのでしょう。。。
 
(「杉のきた道」より引用はじめ)
 
1609年に日本を訪れたスペイン人ドン・ロドリコは、
「日本には沢山の都市があるがその都市は広くて大きく、人口も多く、また清潔で秩序もよく整っている。
欧州の都市でこれに比較できるものはない。
家屋や市街・城郭などは非常に立派で、人口20万の都市も多く、京都は80万をこえている」
と当時の日本の都市の立派さに感嘆している。(86頁)
 
近世のはじめに来訪した西欧人が驚いたのももっともで、そのころのフランス、
たぶん全欧州に、5万以上の人口をもった都市が数えるほどしかなかった。
その制約の主な一つは環境衛生問題と思われる。(88頁)
 
(引用終わり)
 
中世の頃からわれわれ日本人は、世界でも稀有のきれい好きであったと記されています。
それでは、中世ヨーロッパの環境衛生はどうだったのか、もう少し詳しく見てみましょう。。
「文明の条件」(鯖田豊之)から要点を上げます。
 
「・都市壁が欠かせない西洋の都市は、面積が狭くなり、二階三階建てはざら。
   この結果、水の補給に悩まされただけでなく、排泄物の処理が過密都市の大問題であった。
 ・日本では、都市でも平屋が圧倒的で、汲取り便所さえつくればどうにでもなった。
 ・日本の水田農業では糞尿類を肥料として使用する慣行が早くから定着していたが、
  古い時代のヨーロッパの農業は、糞尿類を肥料にするのは野菜畑や果樹園に限られていた。
 ・17世紀のパリでは、ルーブルの中庭や階段にまで便がたまり、
   いつも悪臭をまきちらしていたともつたえられる。
 ・16世紀から18世紀までのロンドンやパリの三階四階などの住民は、
  便器を愛用し、日没後その内容物を窓からすぐ下の街路に捨てる風習があった。」
 
当時の西洋の衛生環境が劣悪だったのを彷彿とさせますね。
と同時に、いかに日本人が昔から「きれい好き」であったかが窺い知れます。
とはいえ本来、汚い所が好きという人なんていないと思います。
きれいにしたくとも、なかなか条件が整わないのです。
では、「きれい好きでいられる恵まれた条件」とは何だったのでしょうか。
 
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(庶民の町 神田明神下の風景)
 
2.行き先あっての・・・
  
1562年に来日したポルトガル人の宣教師ルイス・フロイスは、
1585年に書いた「日欧文化比較」の中にこう記しています。
「われわれは糞尿を取り去る人に金を払う。
 日本ではそれを買い、米と金を支払う。」
 
近世になると、大坂でも江戸でも下肥は金銭で売買されていたようです。
農繁期の汲み取り専業者が大坂で活躍し始めたのが1694年ごろといわれています。
日本では大昔から、せまい町屋であっても大小便所は別々でした。
借家の場合、大便の権利は家主のもので、借家人は小便の対価しか得られなかったといわれます。
 
これらのことからも日本は、糞尿を肥料として収集し、農地へ広く散布することにより、
米の栽培量を増やし、同時に都市の衛生環境を守っていた、ということが言えると思います。
「稲」の肥料として使用する、という糞尿類の行き先は、恵まれた条件の一つでありました。
 
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3.入れ物あっての・・・
 
前述しましたが、中世のヨーロッパでも野菜畑や果樹園に糞尿類を肥料として使用していました。
ド・カンドルの「植物生理学」によると、ヨーロッパ農業における肥料の歴史でも、
家畜と人間の大小便が中心であったようです。
 
それなのになぜヨーロッパでは、都市の下肥が農業肥料として使われなかったのでしょうか。
 
その理由として、遠山富太郎氏は「杉のきた道」で次のように述べています。
 
「理由として、液肥が広く普及するための能率的な運搬法、とくに適当な容器がなかったことが考えられる。」
 
回りくどく説明してきましたが(笑)つまり、
液肥を集める担ぎ桶が開発されたからこそ、日本人は「きれい好き」でいられたのです。
そしてその担桶は、「杉」でつくられました。
杉の担桶は、開閉自在で、軽くて丈夫、長持ちし、量産可能です。
この画期的な入れ物が開発されたことを、恵まれた条件の二つ目と考えたいと思います。
 
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(新潟市教育委員会西川地区公民館所蔵)
   
4.運搬あっての・・・
 
そしてさらには、液肥が広く普及するために、行き先・容器と同じくらい重要な条件がありました。
それが「能率的な運搬法」です。運搬には川舟が使われました。
雨量が多く流れが急な日本の河川は、降水量の季節変動も激しく、川舟は独特の形をしていました。
 
(「杉のきた道」より引用はじめ)
 
「日本の川はどこでも、年に何度も大水が出て、その後では昨日の淵は今日の瀬となるように変化する。
そういう川では底の扁平で浅い舟でなければ役に立たない。
平底の舟は竿一本で操れるという長所もある。(中略)
そういう平底の川舟はかなり古い時代から日本の各地方にあたっと思われ、一般的に「高瀬船」とよばれている。
日本では高瀬舟に限らず、厚板の強さとしなやかさに依存して、
板をつなぎあわすことだけで舟がつくられてきたといえそうである。」
 
(引用終わり)
 
「ヒノキは宮殿に、スギ・クスは舟に、マキは棺に」
スサノヲが説いたこの日本書紀の適材適所の話は有名ですが、
底が平らな高瀬舟とよばれるこの舟に最適な材料も、桶と同じく「杉」なのでした。
元来日本は降水量に恵まれ、農村でも都市部でも水路が発達していました。
その水路を杉の平底舟は自在に往来したのです。これが恵まれた条件の三つ目といえるでしょう。
 
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(利根川の舟橋に見る高瀬舟)
 
5.まとめ 
 
これまで、中世の日本人はなぜ「きれい好き」でいられたのか、考えてみました。
そこには、糞尿の行先、容器、運搬法の三位一体が浮かびあがってきました。
そして、それらの恩恵を掘り下げていくと、必ず水田と森林に辿りつくのです。
どうやら我々の第一の資源は「水」である、といってよさそうです。
 
「急峻な地形にも関わらず、大きな洪水を起こさないようにしているのも
 森林と水田の巨大な緑の「ダム」としての働きがあるからだ。」(前回記事より引用)
 
第一の資源「水」は、「森林」と「水田」によってもたらされるということを前回書きました。
一方で「森林」は、「木」という資源を生み出します。
日本の「木」の代表とも言える「杉」は、桶(容器)となり、川舟(運搬法)となりました。
そしてそれは、下肥のように捨てるのに困るものでさえ、江戸や大坂において、立派な商品たらしめたのです。
遠山富太郎氏もこう綴っています。
 
「日本人の排泄物のほとんどがスギの担桶で集められ、スギの大桶に貯えられ、再びスギの担桶で日本中の
農地に施肥された。田畑は豊かなみのりでこたえ、都市では清潔で健康な生活が維持できた。
日本ではおおよそ三百年以上もそういう時代がつづいた。」
 
長くなりましたが、私なりに最後をまとめてみたいと思います。
 
『日本が経済大国となりえたのは「水」資源が豊富であったからである。
さらに「きれい好き」であったからこそ技術が発展することとなった。
「水」を生みだすのは「森林」であり「水田」である。
日本人の「きれい好き」な性質を醸成してきたのもまた「森林」と「水田」であった。
つまり本来日本とは、『「稲」と「杉」の国』と言ってよいのではなかろうか。』
 

 
本日は長文となってしまいました。最後までご覧頂きありがとうございます。感謝します。^^

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2009年 6月 04日

「水資源」により経済大国となりえた日本

カテゴリー 杉の文化研究所

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『農協の大罪』(山下一仁・著)という本を読みました。
「農協=自民党=農水省」の護送船団を延命させることと引き換えに
食料自給率は下がり続けていると、元農林官僚である著者は警鐘を鳴らします。
この本をどう解釈するかは、立場によって様々あろうかと思います。
(参考:池田信夫ブログでの書評↓)
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/b30f7850017c6e196746fd3208515adf
  
それでも今回この本をご紹介しようと思ったのは、読んで気づかされたことがあったからです。
本の主旨とはずれてしまいますが(笑)、本日はそのことをシェアしたいと思います。
 
*********************************************************** 
  
子供のころ学校で、日本は「資源の乏しい国」だと教わりました。
多くの方もそのような先入観を抱いておられることと思います。
確かに日本は、石油や鉱物資源などを輸入して、鉄・自動車・電気製品などを造っています。
しかし、どうしてこれらの資源が豊富なアラブ諸国やオーストラリアなどでは、
充分に工業が発展しないのでしょうか。
 
理由は、「水」という資源が乏しいからだ、と著者は断言します。
 
(本著より引用します。)
 
「部屋を汚すと、雑巾に水を含ませて拭き取る。工業の原理も同じである。

鉄鋼石をエネルギーによって熱し、鉄の板に加工するが、その後の処理に水が必要となる。

つまり、水は工業生産によって生じた廃物、廃熱を拭き取る役割を果たしており、

水なくして工業は成立しない。」
 
(引用終わり。)
 
なるほど・・・と思いました。
教育や人材など、いろんな見方あるでしょうが、この切り口は新鮮に感じました。
そして引用文に続く次の言葉が脳裏に残響しています(笑)
 
「わが国は「水」というきわめて重要な資源を持つ「資源大国」なのである。
 また、それゆえ経済大国となりえたのである。」
 
 
日本の年間平均降水量は1700ミリ、世界平均の2倍もあり、世界第3位です。
ところが雨水のままでは、水は流れてしまうだけで利用できません。
季節により降水量に偏りがありますし、川の流れが急であるためです。
明治時代、治水工事の指導で来日したオランダ人ゲレーケは日本の川を見て
「これは滝だ」と叫んだといいます。
 
そこで、雨水を蓄え蒸発させることなく供給する仕組みが必要となります。
幸いにも日本にはそれが備わっていました。それこそが、
先祖代々継承してきた、第二の資源である「森林」と「水田」なのです。
言い換えるならば、次の言葉となります。(本著より引用。)
  
「急峻な地形にも関わらず、大きな洪水を起こさないようにしているのも
 森林と水田の巨大な緑の「ダム」としての働きがあるからだ。」
 
これまで、森林や水田の貯水機能について、幾度となく聞いたり読んだりしてきました。
しかしながら本著にあったこの一文は、私にとって発見的でありました。
(くどいようですがもう一度、笑)
 
「わが国は「水」というきわめて重要な資源を持つ「資源大国」なのである。
 また、それゆえ経済大国となりえたのである。」
  
それこそが学ぶということだ。
これまでもずっと知っていたことが、
突然新しく見える。

            ドリス・レッシング

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