アーカイブ 「板倉建築」

2020年 8月 06日

「斎」の建て方の日程を変更

「方丈板倉 斎」の建て方を雨予報のため、8月9日(日)に延期します。
棟上げの後はひき続き、屋根を杉皮で葺いていきます。

おかげさまで、木の舞台は7月31日に工事完了しました。
6m四方に柱が49本もあって、一本一本長さが微妙に異なります。
貫穴が294個、楔は588本です。数だけでいえば、小さな家一件分あるのではないでしょうか(笑)
地震が起きたときは揺れながら多数の接点で減衰が起こることでしょう。
4年前の「西原習合堂」、今年3月の黒川「泰庵」は、ワークショップで建てたので、
多人数で一斉にやりましたが、今回は少人数でじっくりやろうと思います。

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2020年 7月 30日

なぜ「方丈板倉 斎」をつくるのか


梅雨明けしそうな本日より、斎の基礎部、木の舞台が着工しました。
以下は、この度なぜ私が「方丈板倉 斎(さい)」をつくるのか、その趣意書です。

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「方丈板倉 斎をつくる」
 杉岡 世邦

 2016年3月に、3年半続けた西日本新聞朝刊「住まいのモノサシ」(42回)を脱稿して以来、4年以上が過ぎた現在まで、身の回りにいろんなことが起こりました。
 同年4月に熊本地震が発生。その後は西原村で復興支援に取り組み、8畳大の庭先避難用の木造小屋をワークショップで建てました。翌2017年7月には九州北部豪雨により自らが被災。大量の流木に森林への信頼感が揺らぎ、山々を歩いたり高樹齢の流木を集めたりしながら、持ち山の将来像を再考しました。その翌年、2018年7月西日本豪雨の後は、東日本大震災で役目を終えた板倉構法の応急仮設住宅を福島県いわき市から岡山県総社市へ移築する取り組みに参画しました。翌2019年7月には母が他界しました。喪失感に慣れてきた今年(2020年)に入ると新型コロナウィルス災禍です。自粛生活も辛いものでしたが、急激な景気減退による先行きの見えない閉塞感に襲われています。

 こうしたなか今年の5月29日、ふつふつと湧いてきた思いがあります。それは、「方丈板倉 斎」を自社敷地内に建てよう、というものです。これまで木の色つや、香りを損なわない、天然乾燥と低温(40度以下)人工乾燥に取り組みながら、杉・桧の大径材を活かす手刻み主体の建物に携わってきました。しかし近年は経営環境の変化に応じられずに苦戦しており、祖父の育てた山々を積極的に継続する林業への転向を検討していました。でもこのときこう思ったのです。「何の為にこれまで勉強してきたのか。杉の良さ、日本建築の良さ、それをこの世の中に生かす為ではないのか。製材業から撤退するなら、一度勝負して、世に問うてからにしよう」
                         (「斎」完成予想図 杉岡和 作成)
 「斎」は1丈(3メートル)四方の小さな空間です。そのため基本寸法を3寸5分(105㎜)にしました。ただし細い丸太から採るのではありません。細いからこそ、杉の大径材を割って木取りした素性の良いものを用います。割り木であれば低温の乾燥でも割れや変形の少ない、香りのよい美しい材がとれます。その美しさ、力強さを大工の手刻みの技がさらに引き立てます。今の日本の山には、今回用いるような木々がふんだんにあることを広くお伝えしたいのです。
 「斎」は後人へのメッセージでもあります。割り木の適材適所が一目で分かるようにしています。外壁を300㎜ピッチ10枚で割り付けたのは、将来的に山の木々がより大径化したときを考慮してのデザインです。また、「斎」そのものは柱間に厚さ30㎜の板を落とし込む板倉構法の建物ですが、それを高さ1500㎜までかさ上げした木の舞台(伝統的な石場立て貫構造の構築物)にのせます。建設地がハザードマップで3~5m浸水と色分けされた地でもあるからです。そしてもう一つ挑戦的な取り組み、それが屋根を杉皮で葺くことです。地元の茅葺き職人と協働し、杉皮の可能性を再考したいと考えています。
 このように「斎」は、「生長した杉を丸ごと使う」を主題のひとつに据えて、それを形にすべく取り組んできました。

 「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。 淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。 世の中にある人とすみかと、またかくのごとし」
今回、「斎」を建てるにあたり、鴨長明『方丈記』を読み返しました。そして気づかされたことがあります。ここ数年、私を苦しめてきた自然災害、家族の介護・死別、新型コロナウィルスなどといったこれら一切の出来事は、詰まるところは人とすみかの問題であり、また物語であると。
 私たちは「すみか」を考えるとき、まずは外部環境である自然を考慮します。猛暑や極寒などを含め四季の変化にどう折り合いをつけるか。そして、地震や台風、大雨などの猛威から身をどのように守るか知恵を絞ります。では、内部環境はどうでしょうか。このとき留意しておかねばならないのは、内部環境に暮らす私たち「人」という生命体もまた自然そのものであるということです。人体の細胞数は数十兆個あり、毎日1兆個の細胞が入れ替わるといわれています。その細胞でつくられる筋肉や神経の多くは不随意なものです。しかも身体には、細胞数の数倍もの常在微生物がいるといわれます。私たちは生きているのでなく、生かされているのです。様々な災害が頻発する今、「すみか」のあり方を再考すべき時ではないでしょうか。
 「斎」は、住宅の現代化にともない失われたものを掘り起こし、新たに構築した木の住まいです。斎という文字には「身をととのえるところ」という意味もあります。この小建築が人々を癒し、自発的治癒力を高めるような住まいの提案となることを祈っています。
 最後に。この建物を昨年7月に他界した母に捧げます。
2020-07-26

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2020年 7月 29日

方丈板倉 斎(さい)とは


この度、自社敷地内に「方丈板倉 斎」をつくります。
土用が明けた立秋の8月7日(金)に棟上げします。
なぜ「斎」をつくるのか、趣旨については頁を改めます。
以下、考案者 安藤邦廣氏による「方丈板倉 斎」の趣旨です。
ご一読いただけましたら幸いです。
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方丈板倉 斎(さい)
危機を生きのびる想像力、新たな生き方とすみか
安藤邦廣
建築家 日本板倉建築協会代表理事 筑波大学名誉教授
2020年6月5日

人類は生きのびるために大きな転機にさしかかっている
急速に拡大してきた大都市への集中から山野田園への分散が今始まる
それは密集閉鎖居住から分散開放居住への転換でもある
20世紀末から日本列島は地震、津波、噴火、台風、洪水と度重なる
災害に見舞われている
その度に人と財が大都市へ集中することの危険性は指摘されてきたが、
その拡大に歯止めがかかることはなかった
大都市への致命的な打撃とはならなかったからである
しかしながら新たな感染症の脅威は地球上のすべてに平等に降り注ぎ
むしろ大都市に容赦ない大打撃を与えた
いまこそ大都市集中に歯止めをかけ分散居住を進めるときである
その確かな第一歩として小屋、斎(さい)をつくり始める

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず(方丈記より)
斎(さい)とは、ものいみ ある期間、食や外出などをつつしみ、
心身を清めることおよびそのへやの意味なり
斎(さい)は母屋を補い
あるいは働くために
あるいは楽しみのために
あるいはひきこもるために
あるいは災難から身を守るために
あるいは祈りと安らぎのために
母屋と離れてあるいは庭先にあるいは山中にあるいは海辺に建つ
その土地にあわせて容易につくれるよう
どこにでもある運ぶに軽いスギ材をもってつくり
組み立て解体自在な板倉構法となす

その大きさは方丈(3m 四方)
屋根は茅であるいは樹皮であるいは土で葺く
その姿は里山のごとし
淀みに浮かぶうたかたは
かつ消えかつ結びて久しく留まりたるためしなし
世の中にある人とすみかと、またかくのごとし(方丈記より)

 今から800年前、平安時代の終わりの頃、京の都は地震、台風、
竜巻、大火、飢饉と度重なる災難に襲われ、400年間にわたって
繁栄した平安京はあっけなく崩壊した。その有様に無常を感じた
鴨長明は京都南部の日野山中に閑居隠棲して方丈記を記した。
その閑居が一丈四方であったことにその書名の由来がある。
自ら作事したこの小さなすみかに、長明の無常観と生き様が見事に
表されている。
 それから400年後の戦国時代、再び動乱の世の到来で、千利休は
四畳半、小間の草庵茶室を考案し、戦乱で荒廃した社会と人の心に
救いと安らぎを求めた。その草庵茶室は数寄屋造りとしてその後の
日本家屋の原型となった。
 それからさらに400年が過ぎ、ふたたび大地震と大津波、台風と
洪水と度重なる災害に加えて新たな感染症の脅威にさらされている。
今こそ我々はこれらの先人の知恵に学び、新たな生き方とすみかを
想像しなければならない。
 方丈板倉斎(さい)はその小さな一歩であるが、大きな危機を生き
のびる想像力を呼びさますであろう。

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2019年 9月 05日

公開フォーラム「災害に学ぶこれからの木の家」

 
本日、開催ひと月前となっての初リリースです。
久しぶりに企画から運営までみっちり関わるフォーラム。
皆様、告知のご協力をお願いいたします!
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公開フォーラム「災害に学ぶこれからの木の家」企画趣意

地震雷火事親父という言葉があります。
地震は東日本大震災以降、活動期に入ったと言われます。
また、2018年西日本豪雨では、雷を伴った線状降水帯が大雨をもたらしました。
それ以降、温暖化型豪雨という言葉ができ、豪雨災害の危険性が叫ばれています。
地震や台風、豪雨などによる大災害は、一瞬にしてそれまでの日常を奪います。
しかし、災害列島とも言える日本において、それは今に始まったことではありません。
災害の視点から木造建築の歴史を見ていくと、先人たちは被災を機に、
新たな知恵を生み出し、技術を進化させ、苦難をのり越えてきたことに気づかされます。
地域の素材を使い、職人の顔が見える家づくりをする「職人がつくる木の家ネット」には、
近年の日本各地で発生した自然災害に遭い、復旧や復興に努めてきた会員たちがいます。
今回は、彼らの直の声を聞いて、これからの木の家について、皆で考える機会をつくりました。
いつわが身に振りかかるか分からない災害。
顔の見えるネットワークをいかにつくるかも大きな課題です。
皆様のご参加をお待ちしております。

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日時;2019年10月5日(土) 
   14:00 ~ 17:30 (受付13:30~)

会場;唐津市文化体育館 文化ホール(キャパ378名)
 
   ・テーマ「災害に学ぶこれからの木の家」
   ・基調講演 安藤邦廣氏
   ・事例紹介 佐々木文彦氏、古川保氏、和田洋子氏、杉岡世邦
        (東日本大震災、熊本震災、西日本豪雨、九州北部豪雨)

   ・パネルディスカッション(コーディネーター 安藤邦廣氏) 
    
一般受付1000円 学生;無料

主催;一般社団法人 職人がつくる木の家ネット

共催;一般社団法人 伝統を未来につなげる会・認定NPO法人 日本民家再生協会九州沖縄地区・
   NPO法人 伝統木構造の会九州地域会・新建築家技術者集団福岡支部・九州杢人の会・
   九州大工志の会・有限責任事業組合 木の環・NPO法人 森林をつくろう・NPO法人 緑の列島ネットワーク

後援;唐津市(予定)、公益社団法人日本建築士会連合会(予定)
  
■タイムテーブル(計画) 

14:00 開会のことば
     主催者挨拶 大江忍氏
14:05 基調講演「災害から見た日本の木造建築の歴史」安藤邦廣氏
 (45分)
14:50 事例発表 4名
 (70分)
16:00 休憩
(15分)
16:15 パネルディスカッション「災害に学ぶこれからの木の家」
 (75分) コーディネーター 安藤邦廣氏
     
17:30 閉会のことば

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2019年 7月 11日

杉と日本人の行く先を考える~九州北部豪雨を経て~

建築とまちづくりセミナー2019 in福岡」にて、
7月13日10時半~にお時間をいただきお話しさせていただきます。
テーマは「杉と日本人の行く先を考える~九州北部豪雨を経て~」。
「もう杉はよか…」との声に向き合いつつ、この二年間 山々を歩き考えてきました。
災害から2年経った今も、大雨のたびにあの日のことが思い出され緊張します。
が、ようやく未来について明るいイメージを持てるようになってきました。
このような機会をいただくと、その時々に考えていることをまとめるきっかけになり有難いです。
新建築家技術者集団50周年のキックオフフォーラムとのことで力不足ではありますが、
いま思っていること、考えていることをお伝えしようと思います。

・当日の話題(レジュメ)

「杉と日本人の行く先を考える」
~九州北部豪雨を経て~
1. 九州北部豪雨の記憶
2. 九州北部豪雨を経て学んだこと
3. 水害は今後も繰り返し起こる
4. 木もまた被災した生き物である
5. 杉は悪くない。
 だが、杉という樹木への感情を変えなければ世の中は変わらない
6. 木を見て森を見ず
木を見て森を見ている「つもり」、見ていたのは「林」。
→木を見て森林を考える
7. 「樹」と「木」の両面から適地適木を考える
 木をどう伐れば良いか、伐った後どんな山を育てるのか
8. 世の中の人がもっとわくわくするようなスギ活用の提案
9. 森林と住まいをつなげる製材業
 ・なぜ、林材業に携わるのか
 ・「間引き菜」しか食べない木造建築
 ・構造材に赤身を使う
 ・建築士たちに見出された地域の杉
 ・建築士と製材所の協働
 ・邸別製材(木の活用8つの提案)
 ・木組みと天然乾燥
 ・「山採り」方式の設計 

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2018年 8月 24日

いわき市から総社市へ、板倉仮設住宅の移築再利用 始まる


「福島県いわき市(東日本大震災)から岡山県総社市(西日本豪雨災害)へ 板倉の仮設住宅26棟52戸の移築再利用が始まる」(8/08)
http://www.itakurakyokai.or.jp/post/1048
木の家を移築再利用する。昔当たり前に行われていたことがよみがえります。
良質な木の住まいは、良質な社会のストックである、ということを少しでも多くの人が気づいてくれるよう願っています。
 
8月22日に福岡の住幸房を率いる池尾チームが現地入り。
台風迫る23日の午前中には土台敷きをしました。


先発の3棟は完成が近づいています。


一日の間に、様々な工程の建物を見ることができます。

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2017年 9月 15日

板倉の家「ちいさいおうち」プロジェクト 完成見学会 in 霧島


2016年熊本地震の震災支援から「板倉の家ちいさいおうちプロジェクト」は始まりました。
そして、それを機に集った設計者、職人の手によって、
この夏、鹿児島県霧島市に新たな板倉建築が産声をあげました。
手刻みで、クレーンも使わず、人の手のみで棟上げしました。


床面積約15坪、カネ勾配の平屋の建物は10月から漢方調剤薬局として歩みはじめます。
漢方薬も板倉建築も植物の力を最大限に引き出し活かす点で同じと言えます。
高樹齢の杉が放つ美しさをぜひご覧ください。
8月11日・山の日に上棟、9月23日・秋分の日に完成見学会という、
板倉建築特有のスピード感もご体感いただけましたら幸いです。

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日時 2017年9月23日(土)
    13時~17時
   (24日もご要望あれば個別対応します)
 
場所 鹿児島県霧島市国分中央4丁目
   漢方薬局 どんぐりとネコ
   (詳細は杉岡までご連絡ください)
 
設計 : 田上健一(九州大学大学院芸術工学研究院)
施工 : 堂薗隆博(堂薗建築)
木材 : 杉岡世邦(杉岡製材所)
技術指導 : (一社)日本板倉建築協会
 
お問い合わせ (有)杉岡製材所 杉岡世邦まで
当日は堂薗、杉岡がご案内を担当させていただきます。

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2016年 9月 01日

「伝統木構造の会」シンポジウム(日田市)

9月3日(土)15時より、「伝統木構造の会」のシンポジウムが日田で開催されます。
主催者の呼びかけにより満員御礼に近いそうです。

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2016年 9月 01日

英彦山訪問。スギ文化のルーツを考える。


28日、30日と英彦山を訪ねた。
樹齢1300年といわれる鬼杉と初の対面。
なぜ、日本の山々は杉に覆われるようになったのか。
長年追いかけてきた疑問の答えに迫る手がかりをつかめたと思う。
一道無為心。迷わず進もう。

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2016年 7月 26日

板倉建築の技術をつかって、再生を図る。


「くまもと新町古町復興プロジェクト」の鏑矢となるのか。
敷地内で唯一、形をとどめたこの土蔵を、修理して活用する計画がはじまろうとしている。
柱をはじめ、骨組みの劣化はけっこう進んでいる。
でも、ここに住む住人は、この建物を使いつづけようと決意した。
少しでもお役に立ちたい。
 

JR豊肥線、肥後大津駅前にある土蔵。4間×14間という広さがある。
 

北面の柱は腐朽と蟻害で全て末期的状況。建っているのが不思議なくらいに傾いている。
正直、初見では、残すことに肯定的な感情を持てなかった。
ところが、建物から少し離れたとき、まったく違うものが見えた。
この建て物がなければ、肥後大津駅前の風景は、
日本中どこにでもある新興住宅地とさして変わらないではないか・・
近視眼であったことに気づかされた。
 

肥後大津駅前の風景をただノスタルジックに残すのでなく、そこにあらたな活気を生み出したい。
駅前で「和氣(わき)」という古民家カフェを営む篠塚さんの思いに感動した。
http://ameblo.jp/f-waso/entry-11725581439.html

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